横濱馬車道ハイカラ散歩: 2014年7月

明治生まれの祖父

14/07/02

祖父泰一・エメラ地下街店.jpg祖父と祖母の結婚式の写真.jpg祖父と祖母.jpg祖父と夏休み.jpg

今日は祖父の命日でした。


私が高校一年生の時に76才で亡くなりました。

祖父は新潟から一人、横浜に出てきて、馬車道に近い常磐町にあった宝飾の工房に丁稚に入ったそうですが、手先が不器用で、職人としては早々にお払い箱になり、口が立つので、営業に行かされたようです。

山下町のインド商館やイギリス商館に出入りしてサファイアなどの色石やダイヤモンドを買い付け、工房で作った商品を全国に売り歩いていたそうです。

昭和5年、父が生まれた年に独立して、メーカーとして、全国に卸し売りをしていました。

また、歓楽街だった曙町にも店を構え、花柳界の人たちに小売りもしていたようです。

祖父はとても目がよくて、ルーペがなくてもダイヤモンドの内包物が見える程の目利きだったそうで、戦中は国が供出させたダイヤモンドなどの宝石類の鑑定もしていたそうです。

戦後は伊勢佐木町にあったデパートの松屋の中に店を出し、すぐに父に店を任せて、悠々自適にしていましたが、若い頃、飲む、打つ、買うで祖母を随分泣かせたらしく、老後は大人しくなり、私の知っている祖父はいつも祖母に怒られている、とても優しいお祖父ちゃんでした。

祖父が一人の写真は昭和39年に横浜西口にダイヤモンド地下街の店をオープンした時のもので、背筋がビシッと伸びて、当時の祖父を知る問屋さんたちはとても怖かったと今でも話して下さいます。

祖母の遺品から結婚式の写真が出てきましたが、下の方が破れていますね。
大正時代に取引先からの紹介で祖母と結婚した時は22才の若さだったそうです。

祖母と二人で写っている写真は昭和29年に父が相模湖にドライブに連れていった時だそうで、写真の裏に父の字で日にちまで書いてありました。

そして、私と同い年の従姉妹と三人で写っている写真は夏休みに祖父母と伊豆に行った時のものです。右側で落ち着きないのが私です。(笑)