エメラの上の壁面にアート作品が展示されました

14/08/02

横濱写真館 全景.jpg横濱写真館 詳細.jpg

8月1日から始まったヨコハマトリエンナーレの連携企画「東アジアの夢」のプロジェクトで、エメラがある馬車道商栄ビルの壁にアート作品が展示されました。

 
歴史的建造物等を巡るというプロジェクトに馬車道商栄ビルが選ばれて、エメラの店の上の壁に飾られた関本幸治さんの作品はレトロなビルと一体化した感じで、とても素敵です。
 
関本さんの作品は古い写真をモチーフに人形を作り、それを撮影して、レトロな色調にしたものです。
 
11月3日まで飾られていますので、ぜひ、見にいらして下さい。
 
 
横濱写真館.jpgのサムネイル画像


明治生まれの祖父

14/07/02

祖父泰一・エメラ地下街店.jpg祖父と祖母の結婚式の写真.jpg祖父と祖母.jpg祖父と夏休み.jpg

今日は祖父の命日でした。


私が高校一年生の時に76才で亡くなりました。

祖父は新潟から一人、横浜に出てきて、馬車道に近い常磐町にあった宝飾の工房に丁稚に入ったそうですが、手先が不器用で、職人としては早々にお払い箱になり、口が立つので、営業に行かされたようです。

山下町のインド商館やイギリス商館に出入りしてサファイアなどの色石やダイヤモンドを買い付け、工房で作った商品を全国に売り歩いていたそうです。

昭和5年、父が生まれた年に独立して、メーカーとして、全国に卸し売りをしていました。

また、歓楽街だった曙町にも店を構え、花柳界の人たちに小売りもしていたようです。

祖父はとても目がよくて、ルーペがなくてもダイヤモンドの内包物が見える程の目利きだったそうで、戦中は国が供出させたダイヤモンドなどの宝石類の鑑定もしていたそうです。

戦後は伊勢佐木町にあったデパートの松屋の中に店を出し、すぐに父に店を任せて、悠々自適にしていましたが、若い頃、飲む、打つ、買うで祖母を随分泣かせたらしく、老後は大人しくなり、私の知っている祖父はいつも祖母に怒られている、とても優しいお祖父ちゃんでした。

祖父が一人の写真は昭和39年に横浜西口にダイヤモンド地下街の店をオープンした時のもので、背筋がビシッと伸びて、当時の祖父を知る問屋さんたちはとても怖かったと今でも話して下さいます。

祖母の遺品から結婚式の写真が出てきましたが、下の方が破れていますね。
大正時代に取引先からの紹介で祖母と結婚した時は22才の若さだったそうです。

祖母と二人で写っている写真は昭和29年に父が相模湖にドライブに連れていった時だそうで、写真の裏に父の字で日にちまで書いてありました。

そして、私と同い年の従姉妹と三人で写っている写真は夏休みに祖父母と伊豆に行った時のものです。右側で落ち着きないのが私です。(笑)


馬車道の大島宝飾店

13/03/18

馬車道の大島宝飾店1.jpg

 

横濱宝石美術館Emeraと同じビルの平安堂薬局さんの奥様がビルの建設当時の昭和29年頃と思われる写真を持って来て下さいました。

手前の平安堂薬局さんのビルの一番奥に「大島宝飾店」という看板が見えるのが、父が初めて出した宝石店で、今、横濱宝石美術館Emeraがある場所です。

父は結婚する時、実家に置いていた写真を女性が一緒に写っているからという理由で祖母に全部焼却されたとかで、昔の写真が残っていないので、私も初めて大島宝飾店の看板を見ました。

大島宝飾店は大理石作りで一枚ガラスを使った当時としてはモダンな店だったらしく、日活の映画の撮影にも使われたとか。

父に何という映画だったのか聞いたのですが、芦田伸介さんが出ていたことしかわからず、その映画を探せていません。

 


ヨコハマ経済新聞に掲載していただきました

12/11/20

馬車道エメラ通信縮小版.jpg

 

横濱馬車道ハイカラ散歩のブログを始めました。

本日、ヨコハマ経済新聞に情報誌の「馬車道Emera通信」の記事が掲載されました。

http://www.hamakei.com/headline/7481/ 

馬車道Emera通信はエメラと皆さんとを結ぶ情報誌です。

ホームページでも以下からご覧になれます。

https://emera-yokohama.jp/tusin/ 

「横濱馬車道ハイカラ散歩」では横浜や馬車道の歴史や情報を地元ならでの取材目線でご紹介していきたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 


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